AI(人工知能)の強みと超えられない壁について考える

AI(人工知能)の進化は止まらず、ゲームなどではプロでも勝てなくなっている。
しかしAIにはどうしても超えられない壁がある。
今回はこの件について考えていく。

AIの強みと超えられない壁とは?

冒頭にも書いたが、現在でもAIはプロにすら勝利してしまう。
将棋・囲碁・チェス・オセロなどは既に実績がある。
ポーカーや麻雀、ボードゲームなど運の要素があるものでも、勝率では上回るだろう。

「ではAIは万能だろうか?」。私はそう思わない。
先程書いたことで気づくかもしれないが、AIが勝利するためには絶対条件が存在する。
それは「明確に勝ち負けが分るゲーム」であることです。

明確に勝ち負けが分るゲームでは、その勝ちに向かって考えるだけでいい。
人間にはどうしても肉体的・精神的なものが存在するが、AIには存在しない。
いつも同じ様に論理的に考えて、何の躊躇もなく勝利を目指してくる。
人間ならいい手と考えても指したくない手が存在するが、AIには存在しない。
AI最大の強みとは「負ける手を考えない」ことかもしれない。

ここからは本題である「AIの超えられない壁とは何だろうか?」
答えは簡単、それは強みの真逆になるからだ。

人や組織・世間を相手にする場合、勝ちは勝ちで無く、負けは負けとは限らない。
たとえば議論ならどうだろうか?
議論で論理的に相手を打ち負かすAIなら将来できると考える。
しかし議論の勝利とは論理的に相手を打ち負かすことだろうか?
議論をゲームと捉えれば間違いないが、言うまでもなく議論はゲームでは無い。
「議論は負けることが勝ちにつながる」ことすらあるからだ。

もっと極端に言えば、「議論をしない」という選択が最良手であることも多い。
しかもこれは相手によって異なり、場面によっても異なってくる。
一つの勝利だけを求めるAIには、どうしてもこの機微は判断できない。

将来、完璧なお手伝いロボットやペットロボットは出来ると考える。
しかし如何に進化しても「最良のロボット」止まりではないだろうか。
どれだけ頑張っても「最愛のロボット」にはならないし、なってはいけないのかもしれない。

AIは結局道具であり、言い方を変えれば道具を超えてはいけない。
思考はどれだけ進化させても、感情を埋め込むことはしてはいけない。
そんなことをすれば、本当にSFで見るような悪夢が待っているだろう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。