善い偽善と悪い偽善の違いを知って欲しい

「偽善」と言えば悪い印象だが、私は必ずしもそう思わない。
なぜなら偽善にも善し悪しがあるからだ。
今回はこの件について考えていく。

善い偽善と悪い偽善の違いとは?

「偽善だから悪いに決まってる」は短絡的だと思っています。
「やらない善よりやる偽善」という意味合いの言葉も、少し言葉足らずだと捉えている。

 

まず「偽善」の意味を調べてみる。
「うわべをいかにも善人らしく見せかけること。また、そういう行為」(goo辞書より)
「本心からではない、うわべだけの善行」(Weblio辞書より)

 

意味だけを見ると非常に悪い印象だが、ここで考えて欲しいことがある。
「うわべだけ善人に見えること、うわべだけの善行は悪いことなのか?」
「本当に優しい人・本当の善人以外、善行をしてはいけないのだろうか?」

 

このように考えれば、行動自体がよければ本人の考え方はどうでもいい。
問題はその後、何か悪事を考えてるか考えてないかだけの問題になる。

 

たとえば老人に優しくして信用を得た後、お金を騙し取れば偽善である。
しかし嫌々でも老人に優しくし、後に何も期待していなければ完全な善である。

 

寄付をするのもボランティアも完全な善である。
そこに本人がどのように考えてるかは関係ない。
後にこれを利用した悪事を行った時、初めて偽善となり非難の対象となる。

 

また老人に席を譲るのをためらうのは、何も嫌だからという簡単なものではない。
恥ずかしいという気持ちも大きいが、偽善という悪意の目にさらされる危険を回避する意味も大きい。

 

個人的に優しく接近する人に対しては、偽善を注意して身を守らないといけない。
しかし公的なことに対しては、評価しろとは言わないが批判は避けた方が好ましい。

 

善い行いに対して「偽善」と悪意の目を向けることが減るのを願っている。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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