「頑張っている」は言い訳です

「頑張っている」と多くの人が言う。しかし「頑張っている」は言い訳と捉えている。
今回はこの件について考えていく。

頑張る姿を結果が出ない言い訳にしていないか?

頑張っているという言葉は日本的であり、個人的には好きでもあります。
よく話していましたし、話す人を否定的に見ることもありませんでした。
しかし経験を重ねていく内、頑張っているは言い訳として使われてると感じてきた。

 

日本人は得てして、結果より過程を重視する傾向がある。
「頑張ったが結果は出なかった」
「結果は出たが頑張りはしなかった」
この場合、前者を評価し、後者をまぐれ的な扱いで否定しがちだ。

 

そもそもの問題だが、「頑張る」とは何だろうか。ここでは意味を調べてみる。
「困難にめげないで我慢してやり抜く。自分の考え・意志をどこまでも通そうとする。我を張る」(goo辞書)
「あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する。 自分の意見を強く押し通す。我を張る」(Weblio辞書)

「困難」「我慢」「耐える」など、微妙な言葉が並んでいます。

 

次に似ている言葉として「努力」の意味を調べてみる。
「ある目的のために力を尽くして励むこと」(goo辞書)
「心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと」(Weblio辞書)

こちらは目的を意識してる感じはするが、似ているという意味では変わらない。

 

頑張るのも努力するのも結果を出すための手段に過ぎない。
それなのに頑張りや努力を目標にしていないだろうか?

例えば、テスト勉強で大切なのは、テストのために覚えたり理解したりすること。
それなのに「何時間勉強した」ことだけが問題にされがち。

仕事で大切なのは、いかに早く仕事を終わらせるか。
それなのに「どれだけ残業して終わらせたか」が問題にされがち。

そして多くの人が次のように話す。
「効率よく勉強や仕事をした人は、時間をかければより結果が出たはず」

このように話す人は、頑張りを目で見えているもの以外は評価できていない。

 

頑張りは机に座ることや残業をするだけでなく、頭で考えるのも頑張りである。
結果が出てる人は、さぼってるように見えても頭が働いてる。だから結果が出る。

逆に頑張りが結果につながらない人は、ポーズに忙しくて頭が働いていない。
目の前に忙しく、予定すら立てていないことが多いのも事実だ。

 

頑張りが大切なのは言うまでも無い。ただ結果を考えた頑張りでありたい。
間違っても「頑張ってるポーズ」を頑張らないで下さい。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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